生江の地車囃子に、子供の頃に見た光景が・・・・
どもぉー、だん馬鹿です

昨日は、お昼前から所用の為に和歌山県橋本市を訪問。
友人・知人たちと久しぶりに逢い、皆のにこやかな笑顔に心が和む。
もちろん話題になるのは、地車のこと。
馬鹿話に華を咲かせ、晩御飯を食べるのも忘れ、気が付けば午後10時過ぎ。
まさに撃沈状態の私・・・・(トホホ)。
昨日のうちに、この『だん通』の更新する予定にしていましたが、遅い晩御飯を済ませ家にたどり着いたのが、日付も変わろうかという午前0時少し前。
あぁー、なんと言う体たらく。
一念発起し、原稿を書き始めましたが、はてさて更新は何時になることやらと思いながら、今日の『だん通』の始まりでおます・・・・(うぅー、睡魔が)。
さて、先週の火曜日5月21日のこと。
会社の健康診断の帰り道、東成区玉津にある《だんじり喫茶 峰》を訪問。
日ごろから厚意にして頂いているだんじり狂の名物マスターから、超レアな情報を頂きました。
それは、旭区生江の地車が地元の老人ホームの催しで慰問に訪れ、お年寄りたちのために地車囃子を披露するとのことでした。
生江の地車と言えば、地車ファンの間でも大阪市内の名地車の一台に数えられるもの。
また、明治期に製作され、今まで大きな改修修理もおこなわれておらず、原型を留める貴重な一台。
彫物は、これまた大阪の名工 辻田友次郎の作で、特に「獅噛み」は名作中の名作・・・・。

催しは、5月25日(土)の午前11時から15時までとのことで、私も午前中に用事を済ませ、峰のマスターと東大阪市某町のこれまただんじり狂のN氏と共に訪れてきました。

現地に着いたのは午後2時過ぎ。
生江の地車は、老人ホームと目と鼻の先にある銭湯の横の歩道にポツリと置かれていました。
地車囃子の披露は既に終わったようで、熱心な地車ファンが見学に訪れていました。

生江のSさんも、と久しぶりに再会。
挨拶もそこそこに、生江の地車をじっくり拝見。昨年の秋祭り以来・・・・。

これまでに、多少の修理はおこなわれているものの、製作以来100年以上の歳月を経て、老朽化もかなり進行中。
ボチボチ大掛かりな修理も必要な時期かとも思いながら、その味わい深い地車に堪能、堪能・・・・。

そうこうしているうちに、この日最後の地車囃子の披露が始まり、鉦や太鼓の音に導かれるかのように、老人の方や道行く人も足を止め、地車囃子に聞きいっている様子。

今日では、やれ太鼓の音がうるさいだとか、近所迷惑だなどと、苦情が警察に寄せられたりもしますが、その地に古くから住む者にとっては、地車そのものが日常の一部。
太鼓の音が聞こえれば、用事もないのに三々五々、入れ替わり立ち替わり、子供も大人も集まって来るのが、当たり前。
しかし、今日の少子高齢化や祭り(地車)への関心の薄れ、住民の入れ替わりもあってか、そのような人たちも私が子供の頃よりは激減しているのが現状のよう。
町の風景や、住む人が変わっても、それは脈々と続く地車のある町の当たり前の光景なのです。

しばらくして、地車囃子も終わり、地車は老人ホームからほど近い地車小屋へと納められました。

地車を食い入るように眺めていたお年寄り、足を止め地車囃子に聞き入っていた道行く人に、ふと子供の頃に見た光景をオーバーラップさせてしまったこの日のだん馬鹿さんなのでした・・・・。
では、今夜はこのへんで。
さぁー、寝よ・・・・。
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