茶屋のだんぢり漫遊録

目次

平成23年元旦、だん馬鹿さんの初詣・・・・

毎度、だん馬鹿さんですチョキ

昨日、元旦の『だんじり通信』更新後、お酒の飲み過ぎでベロベロ、バタンキュウの私・・・・。
おかげで、深夜に目を覚ました後は、なかなか寝付かれず朝方までテレビと格闘。
いつの間にか、またまた眠りの世界へ足を踏み入れ、気が付けばお昼・・・・。

家でゴロゴロしているのもいやなので、どこかへ出かけようかと思ったものの、またまたテレビと格闘。
正月三が日は、毎日『だん通』の更新をと心に誓っている以上、のんべんだらりとしてもいられないので、原稿作成開始。
夕方までには、更新完了といきたいところなのですが、いつ終わる事やら?
そんなこんなで、本年二回目の『だんじり通信』は、題して「だん馬鹿さんの初詣・・・・」。
もちろん、だんじりも登場するので、乞うご期待!

大晦日から元日にかけ、堺市鳳地区野田のカウントダウンへと出かけた私。
このまま、私が生まれ育った堺市津久野に鎮座する踞尾八幡神社に初詣へと思ったものの、ひとまず帰宅。
いつもなら、新年を迎えるやいなや、まずは地元の氏神様へ参拝するのが私のポリシー。しかし、寄る年波と寒さには勝てず・・・・。
ただ、鳳で出会った同じ津久野は宮山のE君から、「元旦午後1時から地車出します」の言葉が私をそうさせたのか、たまにはお昼の初詣もええかな・・・・(ブログのネタにもなるし)。

本当は、元日午前中に地車を出している大阪市東住吉区桑津へ行こうかと思っていたのですが、眠りの世界から脱出できなかったこともあり、お昼にお雑煮とささやかなおせち料理に舌鼓を打ったところで、初詣へ。
堺市陶器地区某所の隠れ家から津久野へ着いた頃には、宮山の地車は小屋から出され、鳴り物・餅つきがおこなわれていました。

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まずは、何を差し置いても踞尾八幡神社へ初詣。
このお宮さんがあったればこそ、子供の頃からだんじりと関わっていられるのですから・・・・。

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参道の急な石段を登りきると鳥居の向こうには拝殿。

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例年通り、拝殿の前には角松が据えられ、参詣者もちらほら。

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鈴を鳴らし、わずかばかりの賽銭を入れ、二礼二拍手一礼、今年一年の無事を願う。

ここで少々、踞尾八幡神社を御紹介・・・・。
我が町の氏神様、踞尾八幡神社の創建は古く、文徳天皇の御代(850~857)に誉田別命(応神天皇)を社殿を建て祀ったのが起源とされ、それまでは天照大神や宇迦之御魂神を祀る祠があったと云われています。
また、天徳年間(957~960)に創建されたという説もあり、いつの世からこの地に鎮座しているのかは定かではありません。
主神は、誉田別命(応神天皇)。配神に息足長姫之命(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)と武内宿禰が祀られています。

拝殿は、龍・唐獅子・花鳥ものなどの素晴らしい彫刻の数々で飾られ、知る人ぞ知る彫物スポット・・・・。
特に拝殿正面の蛙又に施された霊獣「ヒイ(漢字を忘れました)」は、摂河泉数ある神社の中でも、この踞尾八幡神社だけに見られるもの・・・・(たぶん?)。

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中国では、この「ヒイ」が姿を現すと大干魃が起きるとされていますが、津久野の地を流れる石津川は往古から氾濫を繰り返す暴れ川であり、一度大雨が降ると大洪水に巻き込まれることから、大雨を封じ込める意味合いでこの「ヒイ」の彫物が取り付けられたのではないかと思われます・・・・(私の説ですが)。

また、源平争乱の時代、源義経が屋島に渡る途中、暴風に遭い、津久野に避難した際に神社に鞍を奉納し武運長久を祈願したことが伝えられ、この時に義経が腰をかけて休憩したという「義経腰かけ石」が境内に残されています。

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ご存知の方も多いとは思いますが、10月第一金・土・日曜日には氏地内より6台の地車が曳行され、本宮にあたる土曜日の午前中には6台が揃って宮入りをおこない、多くの見物人で賑わいをみせています。

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参詣を終え、ふと見れば、宮山の地車を見ようとはるばる宝塚からやって来たN君が脚立に乗って拝殿の彫物を撮影中。

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たまたま、神社役員のH氏が「拝殿の中にある龍の彫物見る・・・」と声をかけてくれたので、「新年早々、これはラッキー!」と日頃入ることのない拝殿へ・・・・。

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これもまた、なかなか味わい深い作品とカメラに納める。後足が欠損しているのが、誠に残念・・・・。

そして、お次は神社脇にある宮山地車小屋へ移動・・・・。

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踞尾八幡神社氏子6地区の中で、伝統を守り、唯一「上地車」を曳行している宮山。
以前は、大晦日から元日にかけて、カウントダウンをおこなっていましたが、最近は元日のお昼に地車を出して、鳴り物などをおこなっているのだとか。

この地車の大屋根正面の懸魚に彫られた題材こそが、踞尾八幡神社に伝わる「義経、鞍奉納」。

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この話しがあればこそ、津久野で曳行される6台の地車には、決まって義経の姿が刻まれていると言っても過言ではありません。

同級生のB君、ご意見番のB.T氏、顔見知りの皆さんに新年の挨拶を済ませ、私の初詣も終了。
後は、昨日の「だん通」更新、お酒モードへ突入と、今年の元日は過ぎていったのでありました。

早くも明日、1月3日は、大阪市平野区杭全神社の「しめ縄上げ」へと初取材。
今夜は飲み過ぎることなく、明日に備えねばと思いながら、今年二回目の「だんじり通信」はここまで・・・・。
明日、杭全神社でお会いしましょ!!

信濃屋お半だんじり通信
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