ひっそり静まり返っているはずのお宮さんに、多くの人影。ありゃ・・・・?
ども、だん馬鹿です

昨夜からの雨


これからひと雨ごとに、暖かくなっていくのでしょうか・・・?
今日は、2月29日。
損したような、得したような、4年に一度の閏年。
てなわけで、4年に一度、記念すべき2月29日の『だん通』の始まり始まり・・・(なんのこっちゃ)。
数週間前から、週末は大阪市内の神社・仏閣を徘徊している私 だん馬鹿さん。
特に目的も無いのですが、買い物や所用のついでにブラっとカメラ片手に探訪。
日ごろから神社のお祭りに曳き出されている地車の撮影のために行くことはあっても、その神社の祭神や由緒などを、わざわざ調べて祭りを見に行くこともなく、「へぇ~」と思わず声を上げてしまうこともしばしば・・・・。
先日のように、今は曳かれていない北区綱敷天神社の地車小屋が開いているのに出くわしたり、少々味わい深い彫刻にお目にかかったり。

はたまた、そこが名所・旧跡の類で、石碑や案内板が立てられていたりと、意外なことを知る良い機会にもなっているのです。
この前の日曜日は、生野周辺の神社をぶらり・・・。
お昼過ぎに訪れたのが、生野区舎利寺にある生野神社。
一昨年、河内長野市滝畑から地車を譲り受け、夏祭りに地車の曳行がおこなわれている同神社。

友人から、近々、神社の鳥居を建て替え、地車を曳き出して、新しい鳥居建立の記念式典がおこなわれるとの情報をGetしていたため、なんぞ貼り紙でもされていないかと訪れてみることに。
昨年の夏祭りに訪れた時には、こんもりと覆い繁っていた鎮守の森の木々の葉も、木枯らしに吹かれ丸坊主。
様相も一変、場所を間違ったのかと思うほど・・・。
この季節、神社は人気も無くひっそりとしていると思いきや、何やら大人数の集団が神社東側の一角にたむろしているではあるまいか。
「なんじゃぁ~?」と思いながら、車の中から見ていると、私に向かい頭を下げ、手を上げているのは顔なじみのUくん・・・。
神社脇へ車を停め、近づいてみれば、もともとあった旧 舎利寺の地車小屋がきれいに改装され、そして中に納められているのは旧 舎利寺の地車の残骸ではなく、一台の太鼓台・・・。

「ありゃ、どっかで見た太鼓台・・・?」と考えること数秒、昨年の秋に岸和田市の地車製作《隆匠》で見た堺市北戸川のふとん太鼓。
今年、彫物はそのままに、屋形一式を新調すると聞いていた太鼓台がなぜ・・・?。
Uくんに聞けば、彫物も再利用せずに、完全新調されることになり、北戸川から太鼓台を譲り受けたのだとか。
そして、今日がその搬入の日。
生野神社地車講の面々とは違う顔ぶれだと思っていたら、車で太鼓台を運んできた北戸川の人たちだったのでした。

夏祭りでの地車曳行が再開され二年。
しかし、曳き手の子供らも思うように集まらず、苦慮していたところに、ふってわいた太鼓台の話し。
太鼓台なら小さな子供もたくさん乗れるし、祭りに慣れ親しんでもらうにはもってこいと一念発起、購入の運びになったよう。
今年から、夏は地車の曳行、秋にはふとん太鼓の巡行がおこなわれる予定だとか。
3月11日(日)におこなわれる、新たに建て替えられた神社鳥居の落成式には、地車と太鼓台を神社境内に入れ、太鼓台の入魂式もおこなわれる予定。
生野神社の祭礼も、これから益々賑やかになること間違いなし・・・。
それにつけても、たまたま訪れた日が太鼓台搬入の日であったとは、私自身、驚き、桃の木、山椒の木・・・。
「誰かに聞いて、見に来た」と疑って止まなかった地車講のUくんやKくんも、豆鉄砲をくらったよう。
まぁ~、祭りに関係することには何かと強運を発揮する私 だん馬鹿さん。
私自信、この強運が他でも発揮されることを願いながら、今日の『だん通』はこれまで・・・。ほな、バイならぁ~!
<<前の記事 | 次の記事>> |