茶屋のだんぢり漫遊録

目次

國産みの里にて、大園の先代だんじり駆け巡る



いよいよゴールデンウィークに突入しましたね~!

本格的なだんじりシーズン到来!
これから5月の後半まで、カレンダーの日付の赤い日は、祭礼・イベントを問わず、いろんな地域でたくさんのだんじりが見られますよ~!

当サイトの情報を活用して頂き、ぜひぜひお出かけ下さい~!




さぁてブログですが、今回は4月22日(火)の事を書きます。




『國産みの里』として知られる淡路島…。


その淡路島でも“一の宮”とされる、『伊弉諾(いざなぎ)神宮』の祭礼にお邪魔してきました!




『伊弉諾神宮』、その由来は、『古事記』に記載されている有名な『國産み伝説』に遡ります。



神世の時代、イザナギとイザナミは天の神より『天沼矛(あめのぬぼこ)』を授かり、海に漂う島々を、大地として完成させるよう命じられます。

そこで天沼矛で混沌とした大地をかき混ぜると、矛から滴り落ちたものが積もって出来たもの…

それが『淤能碁呂島(オノコロ島)』であり、現在の淡路島であります。

イザナギとイザナミはこの『淤能碁呂島』に降り立ち、男女の交わりを営むことで産んでいったものが現在の日本列島であり、この淡路島は、日本で最初に生まれた島・・・という伝説であります。



そのイザナギ、イザナミを祭神として祀るのが、今回ワタクシがお邪魔した淡路一宮『伊弉諾神宮』であります。


そんな伊弉諾神宮は、イザナギ、イザナミの故事にあやかり、縁結び、良縁、子宝の神として信仰を集めています。





さて、そんな『伊弉諾神宮』の祭礼リポート・・・

ここ淡路島一帯の祭礼も、日曜日に合わせて行われる地域が多い中、こちら『伊弉諾神宮』の祭礼は日程を動かさず、4月21・22日の両日で、ワタクシがお邪魔したのは、22日の火曜日。



お昼前に到着しますと、氏地各所から集まった担きだんじりと曳きだんじりが、宮入りの時間を待っておりました。


宮入りの様子はこんな感じ。

拝殿前につけたそれぞれの出し物は、伊勢音頭を奉納します。



淡路島では太鼓台も『だんじり』ですが、今回は特に『曳きだんじり』にスポットを当てて書いて行きます。



まずこちら。


伊弉諾神宮にて保存されている、『上条』の先代だんじりです。

Twitterでは『洲本型』などと、たわけた事を書いてしまいましたが、このだんじりは『淡路一宮型』であります。


淡路島の『曳きだんじり』は、低い方の屋根が、前!



さて、ちょっと拝殿前を離れまして、神社の西側の敷地へ・・・

ここにワタクシのお目当てのモノが…



居てました!


こちらは『郡家 里組』のだんじり。
高石市・大園の先代だんじり であります。

昭和61年に岸和田の『吉為工務店』にて製作されたもので、彫師は筒井和男に、若き日の岸田恭司、近藤晃の手による作品。

昨年、大園の現だんじり購入に伴い、こちらに嫁いできた、バリバリの岸和田型だんじりです。


姿見は全く変わる事なく、飾り物も後ろ旗以外はそのままに、この土地で曳かれております。


この『里組』のだんじりも、一旦道路へ出まして、正面より宮入り。

このだんじりは低い方の屋根が前ではなく、ちゃんと大屋根を前にして曳かれております。



おっと!その前に…、こちらのだんじりも紹介しておきましょう!


『郡家 濱』の『船だんじり』であります。

『船だんじり』と言いますと、船体の上にだんじりの屋形が組まれているものを連想しますが、この『船だんじり』は屋形がなく、正に、『船』そのものと言って良いでしょう。


同じように拝殿前に据えまして、伊勢音頭の奉納。

マストを上げると、大漁旗ならぬ日章旗がたなびきます。


その後、拝殿前を練り廻す濱。

左右に激しく揺らす様は、なかなかのスリルもんです。

太鼓のフレーズの一部が、大阪だんじり囃子の『長うら』の一節なのも、ちょっと興味深い…




そして、宮入りの最後を務めますのは、『里組』の岸和田型だんじり。


同じように拝殿前にて伊勢音頭。




宮入りが完了すると、午後は2時頃を目安に各だんじりは神社を出発します。

出る時も宮入りの時と同様、拝殿前に据えまして、伊勢音頭を奉納してから、出発して行くんですな。


『里組』のだんじりも出発。

伊勢音頭の奉納後は、熊取・大森神社の宮入りのごとく、広い境内を駆け回る(1周だけでしたが…)里組のだんじり。


前梃子こそありませんが、地元の皆さんも、
『泉州から買うただんじりや!』
みたいな意識があるのか、『ソーリャー』の掛け声と共にだんじりを曳き廻します。



神社を出発しただんじりは、そのまま地元へとご帰還。

ここで夜を迎えます。

近辺に『国産みみゅーじあむ』という施設があり、この前の道路に近隣の『撫』の太鼓台、『濱』の船だんじりも据えられております。



ここへやって来るのが、神社の御霊を載せた、れっきとしたお神輿。


普通であれば、神様の『御神幸』というものは、町衆は厳かに出迎え、手を合わせて神様のお通りを見送るものなのですが・・・




こちらの祭では、各だんじりがお神輿を“通せんぼ”…


お神輿も笑いながら行ったり来たり。


だんじりもお神輿も、このみゅーじあむ前の道路を、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。


そんな光景が1時間以上も続き、淡路一宮の祭は、最後の夜を終えるのでした。



大園の先代だんじりが、里組の地で末永く愛され、事故なく曳かれます事を願いながら、今回のブログはここまで!





 
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