茶屋のだんぢり漫遊録

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9月21日(日) 堺市陶器地区 北村(陶器北) 新調地車入魂式・御披露目曳行

陶器 北村の岩﨑くん・田之上くん、元気にしてますかぁ~? 三浦さん、いつもお世話になってます。また、電話しますね~!
そういうことは、ひとまず置いといて、「みなさ~ん、お元気ですか?」だん馬鹿でおます。

さて、今回の「だんじり通信」は、9月21日の日曜日におこなわれた、堺市陶器地区北村の新調地車入魂式と御披露目曳行のことを書こうかと思うのですが、その日は我が町の試験曳きの日でもあり、私自身「曳行責任者」でもありましたので、途中で失礼させていただいたので、御披露目曳行のことはそんなには書けないのですが、そのへんは皆様にご承知頂いた上で、まぁ~読んでやって下さい・・・・。

9月21日(日) 堺市陶器地区 北村(陶器北) 新調地車入魂式・御披露目曳行

前日の天気予報では、朝から雨模様。せっかくの晴れの日に、「雨なんか降るなよ!」の願いも天には届かず、北村の地車が町内へ搬入される頃には、今にも雨が降り出しそうな空模様。時おり日差しはあったものの、昼頃からは雨も降り出し、大雨洪水警報まで発令されるほどのあいにくの天気でしたが、町に待った新調地車に、北村町民の晴れ晴れとした顔が印象的でした。

近年、堺市内においては、「やりまわし」中心への曳行、『岸和田型』地車への移行が顕著に見受けられます。しかし、陶器地区においては「下だんじり、なんぼのもんじゃい!」、「上だんじりの文化、すたれさしたらあかんやろ!」なんです。

北村1

新調された北村の地車は、大まかに云えば、『岸和田型』と『堺・住吉型』地車の様式を組み合わせた『折衷型』上地車。しかしながら、柱巻きには武者物の出人形、大屋根下の勾欄部分には彫刻を施した「板勾欄」を配し、見送りも立体形式にはせず、三枚板形式にするなど、先代地車の様式を基本コンセプトに製作されました。したがって『折衷型』であっても、『板勾欄見送り三枚板式住吉型』地車とも云えるでしょう。また、彫物図柄も、先代地車の題材を生かし、「朝鮮征伐」、「賎ヶ岳合戦」などを中心にまとめ上げられ、特に見送り三枚板の図柄は、先代地車の図柄を継承するなど、先代地車への愛着が随所に見受けられます。

北村2

入魂式当日、会館の前に止められた新調地車を遠目から見た瞬間、「えっ、なんで売却したはずの先代地車があるねん・・・・?」が第一印象でした。私自身、新調決定当初から、北村の岩﨑くん・田之上くんらから話しを聞き、相談を受け、アドバイスできる所はアドバイスしていた関係上、びっくり仰天。彼らから聞いていた「先代地車の様式を基本コンセプトに・・・・」の言葉そのままの出来栄えに、「よくぞここまで」の一言につきます。心配していた、化粧枡を施した屋形と彫刻とのバランスも違和感なく仕上がり、感無量。「木下彫刻工芸さん、やるなぁ~」。町民でもなんでもない小生ではありますが、自町の地車を見るほどの思いでした。

午前中に陶荒田神社に宮入りし、その後、御披露目曳行がおこなわれたようですが、曳行まで見届けることができずに陶器を後にしました。末永く町の宝として大切に曳行されますことを・・・・。

入魂式の映像を見る

追記:彫物図柄などの詳細は近日アップ予定の陶器地区『各町の地車』で紹介させていただきます。好御期待!
信濃屋お半だんじり通信
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