茶屋のだんぢり漫遊録

目次

《シーズンオフ企画》お社になっただんじり・・・




日本人力士による10年ぶりの優勝に沸いた『大相撲初場所』が終わりました。


あまりしょっちゅう大相撲を見る事はないのですが、今場所たまたまTVで大相撲を見ていて、確かに琴奨菊の相撲っぷりが変わったなぁ・・・と思っていて、このまま優勝できたらええのになぁ・・・て思っていた14日目!

優勝に弾みをつけた琴奨菊と、明らかに失速した白鵬と、その明暗は明らかでしたね。


さぁ、この『大相撲初場所』の終了によって、お正月から続いていた『初モノ』はすべて終わった感じがします。


だんじりの世界はまだしばらく冬眠中。


このオフシーズンを利用して、ワタクシも撮りためた写真の整理をせねばなりません。

そんな折、ハードディスクに収められた無数の写真の中からちょっと気になったものを発見したので、それを今回ご紹介します。



こちら!




これは吹田市・『泉殿宮(いずどのぐう)』の境内にて、『吹田戎神社』の社殿として据え置かれている、いわゆる『だんじり戎』の一つです。




こうした古いだんじりが社殿として再利用されている例は、探せばあちこちにあるもので、この『吹田戎』の存在も、熱心なだんじりファンや研究者の間ではよく知られているところでしょう。


このだんじりは、元はここ『泉殿宮』の宮本にあたる『西之庄町』のだんじりで、神社の説明書きにも『天保年間建造』の記述がある通り、天保時代に製作されただんじりである様です。




もともと『吹田戎神社』は西宮戎神社から御分霊され、この泉殿宮の西の方に祀られていましたが、昭和35年に現在の地に遷座され、その際、もう曳かれなくなっていた西之庄のだんじりを再利用し、大きく改造される事なく、ほぼ、だんじりの姿形のまま、社殿として使われている様です。




彫師は《服部》一門とされていますが、服部清七の手によるものかどうかはハッキリしていません。




こちらは見送り三枚板・正面の図柄ですが・・・




ちょっと見比べてみたい彫物がこちら!



これは、平野区・西脇組のだんじりの見送り三枚板・左面で、同じく《服部》一門の作とされているもの。



馬に特徴があるんですな。



こちらは西脇組の三枚板正面・源頼朝ですが、人物の顔つきも特徴あるかな?・・・





では、吹田戎に戻って、もう少し各部の彫物を鑑賞してみましょか!




柱巻の彫物。



この柱の長さからも分かる通り、かなり背の高いだんじりであった様です。




1月10日はモチロン年に一度の『えべっさん』なので、前後合わせて3日間は商売繁盛を願う参拝客で賑わいを見せ、この『だんじり戎』が、多くの人の目に触れる機会でもあります。




『えべっさん』が終わっても、この泉殿宮の吹田戎となった、旧・西之庄のだんじりは、いつでも見る事ができますが、この地を訪れた際には、節度をもって静かに眺めていただけたら幸いです。





今回はここまで。


信濃屋お半悠遊!だんじり録
<<前の記事 次の記事>>