福田町の入魂式にドローンが舞う

『岸和田だんじり祭』の余韻から醒めやらぬ9月22日(木祝)、この日もあちこちで様々な『だんじり行事』が行われました。
その中で、最も早朝から行われたのが、岸和田市は南掃守地区(光明校区)の福田町の修復完了に伴う入魂式です。

午前6時の出発を前に、この大修復に合わせて移転、新築されただんじり小屋から曳き出されてきただんじり。

その時、だんじりよりも人々の注目を集めるものがありました。

ドローンです。
岸和田の山手の村に、早朝から響き渡ったドローンのエンジン音と、その宙高く舞う姿に、町内の人も、詰めかけた見物客も、だんじりよりも一瞬そちらに目を奪われていました。

このドローンは、町内での記録撮影のためにチャーターされたのもで、国土交通相に正式に許可を申請しての使用なのだそうです。
さぁ、上空からドローンも見下ろす中、午前6時に出発しただんじりは一路、尾生町にある氏神・菅原神社を目指して一本道を駆け降りて行きます。

この福田町のだんじりは、昭和14年に《大宗》植山宗一郎が製作しただんじりで、彫師は《木下舜次郎》の手によるもの。

戦時中に製作されただんじりでありますが、当時《植山工務店》の中に作り置きしてあった、いわゆる『仕入れだんじり』であると云われています。

まだ若手の彫師であった木下舜次郎師を責任者に据え、これから売り出す彫師として腕を磨かせるためだったのでしょうか?
このだんじり完成の翌年に、同じく植山宗一郎、木下舜次郎により完成を見るのが、これよりひとまわり大きなだんじり、現在の岸和田市は大手町のだんじりであります。

この福田町のだんじりの正面土呂幕に刻まれている『秀吉本陣、佐久間玄蕃の乱入』の場面は、大手町のそれよりひと足先に製作されたもので、大手町の仕事にて一躍その名を轟かす前の、舜次郎出世の第一歩となったものと看て良いかも知れません。

福田町においては、昭和58年に《池内工務店》にて修理の後、平成10年に古巣である《植山工務店》にて修復。
その時に、二重破風式の入母屋造りであったのを、現在の入母屋造りの屋根へと交換されています。

今回の修復は《地車製作 隆匠》楡行なわれ、福田町の町内に《木下彫刻工芸》の作業場を構え、また福田町のだんじりに参加している木下健司 師により屋根廻りを一新されています。


尾生町の町内にある菅原神社での入魂式を終えただんじりは、再びドローンが宙から見守る中、尾生町の町内に新しく整備された道路にある通称『喜平交差点』にて遣り廻しを披露しました。

遣り廻しの後、尾生町のだんじりの出迎えを受け、またその先では中尾生町の出迎えも受け、祝賀ムードでのお披露目曳行を終えました。

いよいよ次の日曜日は試験曳きですね~!

今週はもうちょっと、色んなだんじりの入魂式、お披露目の模様をお届けしますよ。
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