和泉市の最山手でだんじり入れ替わる

さてタイトルこそ前編・後編とかになってませんが、前回の続きです。
和泉市は松尾連合の若樫町のだんじりの話題をお届けしていましたね。
前回は先代だんじりの昇魂式の模様と、それに伴うだんじりヒストリーを紐解いていました。
それを受けまして、今回は新しく購入しただんじりの入魂式の模様をお届け致しましょう。

9月3日(日)
岸和田の試験曳きの早朝・・・でございます。
前回も触れましたが、若樫町の町内は和泉市のだんじり保有町の中では最山手に位置します。
そのため、お披露目曳行をするのに町内から出発すると片道だけでも大変な距離となります。

限られた時間内に松尾連合の各町にお披露目するべく、松尾連合の中では比較的海側に位置する唐国町の町内にまずは据え置かれ、ここから町内に向けて上がって行くというコースが採られました。
とゆーわけでワタクシも午前6時に、唐国町の町内へと足を運びました。
唐国町の会館近くの橋の上にて出発を待つだんじり。

そこへ、唐国町のだんじりも小屋から曳き出され、お出迎えに出て参りました。

ここで顔合わせののち、いよいよ、松尾連合各町をお披露目しつつ、若樫町へと向けて出発であります!

さて改めまして、今回新しく購入された若樫町のだんじりは、堺市は八田荘地区の、毛穴町の先代だんじりにあたります。

昭和58年に毛穴町が新調したもので、いわゆる平成の新調ブームの呼び水となったねんだいのだんじり。
大工は《池内工務店》池内福次郎、彫師は中山慶春、木下賢治、十場祐次郎、中村末治と、昭和の末期から平成の初期にかけて巻き起こった新調ブームの時代を支えた工匠の顔ぶれが並びます。

毛穴町において約35年にわたり活躍しましたが、本年、毛穴町のだんじり新調に伴い、若樫町が購入したもの。
奇しくもこの日、毛穴町でも新調だんじりの搬入が行われ、堺市と和泉市でそれぞれの物語が同時進行していました。
さて外環状線よりもさらに山手に位置する町内を目指して、唐国町を出発した若樫町のだんじりは、程なく松尾連合の周回コースに差し掛かります。

ここで4回ばかり遣り廻しを披露して、その後は延々と直線を登って行くコースになるので、この4回の遣り廻しが、この日の見どころとなります。

なので曳き手もこの4発に懸けて、目一杯の遣り廻しを見せてくれました。

先代よりひとまわり大きくなっただんじりなので、曳きこなすのも大変かと思われますが、この日は堂々たる遣り廻しを披露して、町内への道を上がって行きました。

若樫町の皆さん、この度はだんじり購入ならびに入魂式、おめでとうございます。
ちなみに松尾連合では、明日、試験曳きを迎えます。
若樫町は和泉市の最山手ではありますが、よければ皆さんも足を運んでみて下さい。

今回はここまで。
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