お正月恒例!…年始のご挨拶を兼ねて

2019年もお正月を明けまして、すっかり元通りの日常を再開しています。
今年は『元号が変わる』という事があらかじめ分かっているという、かつて誰も経験しなかった日々を送っております。
そんな、一生にそう何度も経験出来ない年を迎えておるのですが、そんな年も、毎年お正月に変わらぬ風景があります。
こちら。

平野区は杭全神社の『注連縄奉納』行事でございます。
今年も1月3日の午前中を中心に、杭全神社の大鳥居と御旅所の鳥居に掲げる『注連縄』をつけただんじりが、それぞれの場所に注連縄を奉納するために曳行されました。

『毎年変わらぬ風景』とは申しますが、当番町のだんじりは毎年変わりますのでね。
今年の当番町は泥堂町です。

当ブログでも毎年この『注連縄奉納』には触れておりましてね、そりゃまぁ、お正月からだんじりを盛大に曳行する機会はこの『注連縄奉納』ぐらいなので、これに触れないと新年を迎えた気がしないのも事実です。
泥堂町は杭全神社の大鳥居の前に位置する町で、だんじり小屋も大鳥居から国道25号線を西にすぐの場所にあります。

なので、小屋から国道を南に渡った場所にある『泥堂口地蔵』の前を出発して、すぐに宮前へと到着します。

たしか、9年前と18年前に泥堂町が当番に当たった年は、馬場町の小屋のある『南海通り』を南に進んで、『新町筋』を東へ向きを変えて『お渡り筋』から宮前へとやって来たと思うのですが、この最短コースはさらに9年遡り、平成4年の注連縄当番以来ではないかと思います(記憶違いだったらゴメンナサイよ…)。

宮前交差点ではお決まりのように、夏祭本番での宮入りと同じ様にパフォーマンスが行われますが、これも昔は今の様に自主警備がしばらく交通の流れを遮断することを許されておらず、信号が1回変わる度に、だんじりを国道から撤退させねばならない時代もありました。

ネットによる情報が盛んになった頃から、この宮前交差点に詰めかける見物客が飛躍的に増えましたが、そうなるずっと前から、この注連縄奉納は続けられて来たんであります。

宮前でのパフォーマンスを終え、一気に大鳥居をくぐり抜けて神社へと突入します。
この時の大鳥居には、まだ昨年の古い注連縄が残されています。

注連縄の付け替え作業は、お正月が明けてから業者によって行われますが、昔はこの注連縄の付け替え作業こそが、だんじりの出番やったそうなんです。

というのも、今のようなユニックの付いたトラックなんてなかった時代です。
鳥居の両端は長いハシゴを立てかけて作業出来ますが、鳥居の真ん中は長いハシゴも立てられへんので、付け替え作業も難航したそう。
そんな時に、鳥居の真下にだんじりを据え置いたら高さ的にもちょうど良く、真ん中の作業も難なく出来るようになったそうで、これが、毎年当番町のだんじりを出して、注連縄を奉納するキッカケとなったそう。

なので、この『注連縄奉納』の行事を、古くから『注連縄上げ』とも呼び、ワタクシなどは今でもこの『注連縄上げ』という呼び方を好んで使用しております。
現在では注連縄の奉納行事は1月3日に固定されており、この日に注連縄の付け替え作業は行われないので、厳密には『注連縄奉納』が正しい呼び方であると申し上げて差し支えないでしょう。

さてこの注連縄奉納ですが、現在ではだんじり愛好家の新年恒例行事となっており、中には毎年欠かさず見に来られる方も大勢おられます。

9年で1周する当番を全て見るまで毎年頑張って通った…などと言うツワモノも居り、そうした中で、だんじり愛好家同士の年始のご挨拶の場ともなっています。
だんじりの曳行される沿道から、杭全神社の参道、さらに御旅所である『三十歩神社』までのコース上、いたるところで年始の挨拶を交わす人々の姿が見られます。

会う人会う人すべてにご挨拶している内に、ワタクシなどは『もぉーいぃーやん!』ってなってしまうぐらいでございます。
今年も晴天に恵まれたお正月。
だんじり見てご挨拶して、今年もお互い良い年となるよう、願いを交わす日となりました。

来たるべき『元号変わり』や、その後の祭礼シーズンに向けて、鋭気を養いましょう。
<<前の記事 | 次の記事>> |