茶屋のだんぢり漫遊録

目次

海の向こうの祭に想いを馳せる…




今日は『うだ話』。


手元にある膨大な写真とにらめっこしないと、ブログのネタが思い浮かばない。


先日、某所でとあるだんじりの見学会も催されたものの、都合が合わず馳せ参じておらぬ。

つまり新ネタが全然ないこの時期、昨年の写真を引っ張り出してはどの話題に触れようかと思案するのであるが・・・



昨年9月15日(土)


岸和田だんじり祭に、当社スタッフも僕自身も没頭しているそんな折・・・


明石海峡大橋を渡ってすぐの町・淡路島の岩屋でも、秋の祭礼が行われていた。



岩屋の祭礼は岩屋神社、岩屋八幡神社の両神社の祭礼として、町内13の地区からだんじりが曳き出される。

かつての昔はすべての町内からだんじりが曳き出されたが、現在は交通量の関係で2台〜3台程度が曳き出されるらしい。

その、どこの町のだんじりを曳き出すかは、毎回会議や投票なとで決められるという。




祭礼は春と秋の2回行われる。

春は5月の第2土日あたり、、秋は9月の第二土日あたとなる。


なので、秋の祭礼にはなかなか足を向けられない。

見に行けるとしたら、春の祭礼なのだが・・・




今ここでご紹介しているお写真は、昨年9月の祭礼の様子。

全9台のだんじりの内、鵜崎、片濱、神之前・田の代の3台のだんじりが曳き出されている。



今となっては全町のだんじりが一堂に揃うのは見られないかも知れないが、この土地の人達は非常に祭が好きなようで、その祭礼の姿は見る者を魅きつけてやまない。


神之前・田の代は2町会で1台のだんじりを保有しており、昭和47年に地元淡路《梶内だんぢりや》により製作されたとされているが、それ以外のだんじりについての詳細は不明。



だんじり本体はご覧の通り、豪華な彫物が散りばめられたものではないが、囃子方の他に音頭取りの女性が乗り込み、基本的には『鹿児島おはら節』を中心に、さまざまな音頭を唄いながら曳行される。



だんじりの前にも着物姿の女性がズラリと並んで乗っており、扇子を振りながら曳行されているのが分かると思う。


曳行速度も非常にゆっくりで、曳き手である男衆や子供たちまで、唄われる音頭に合わせて踊りながら曳行するので、まぁ進まない時は本当に前へ進まないのであるが、その雰囲気たるや凄まじく、老若男女問わずひとつになって盛り上がる様は、ギャラリーとして黙って見ているのが勿体なく思うぐらいである。




もう一つ、曳行中の見どころとして、子供たちによる『日本舞踊』の披露がある。



祭礼中、曳行コース上でだんじりを据え置くと、手早く舞台が用意される。



そして演歌や民謡に合わせて、綺麗な着物を着つけてお化粧まで施された、小学生の子供たちが踊りを披露する。



それまでの道中、綱先からだんじり周りまで音頭に合わせてワイワイ言いながら曳行していただんじりが、たちまち舞踊の簡易式舞台へと早変わりするのである。



子供たちの踊りが始まると、その姿を写真や動画に収めんと家族や親戚筋が舞台の周りを占領する。

子供たちにとっては祭の日に舞台で踊ることが晴れ舞台であり、その家族や親戚筋にとっては自慢のタネなのであろう。




さて、この岩屋のだんじりが、勢いよく曳かれるタイミングがある。

それは地元で『ひっこみ』とも呼ばれている岩屋神社、岩屋八幡神社への『曳き込み』である。



いわゆる『宮入り』の事なのであるが、両神社の拝殿めがけてやって来る時は、このだんじりが勢いよく曳かれて入って来る。



そして拝殿前に到着しただんじりは、ここをせんどの盛り上がりを見せる。



少しアップテンポの『おはら節』響き渡る中、老若男女が入り乱れて踊り狂い、盛り上がる。

いつまでも見ていたいと思う光景が延々と続けられる。




僕自身も当社スタッフも、9月はどうしても岸和田だんじり祭に身を置いている関係上、これらのお写真はご協力頂いている方からもたらされたものだ。


写真を眺めながら、その様子に想いを馳せる
見に行きたい・・・

今年の5月はどうかなぁ?




とある情報からだと、今年の春の祭礼は長浜のだんじりが曳き出されるそうな。

今現在ではまだ日程が確定してないけど、見に行ける日だったら良いなぁ。


以上・・・ダラダラとうだ話でした。



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