茶屋のだんぢり漫遊録

目次

昇魂式と入魂式を同日開催!





あぁ〜

ええ気候ですわ・・・この時期・・・

日中はちょっと汗ばむぐらいの陽気で、朝晩の冷え込みも和らいだ・・・
こんな季節がやって来るのを待ち望んでおったのですわ。

今、日本の季節ってちょっとずつ二極化してきてるでしょ?
そう、夏と冬が長くて、春と秋が短い

なのですこしでもこの温暖で過ごしやすい気候の時期はそれを満喫せねば勿体ないのですよ。


とゆー訳でこの前の日曜日、4月21日(日)はそんな気持ちの良いお天気のもと、河内長野市の千代田地区で、今まで記憶にない『だんじり行事』が行われました。


それは、これまで曳いてきた古いだんじりの昇魂式と、入れ替わりにこれから活躍する新だんじりの入魂式を、同じ日に執り行うというもの。


そのだんじりとはこちら。



市町西のだんじり

まずはこれまで活躍してきただんじりの昇魂式に先駆けて、午前7時半から『お別れ曳行』が行われました。



このブログを更新する頃には『先代』と表すべきこのだんじりは、平成3年に堺市は陶器地区の上之から購入したもの。

それより前のだんじりは長らく曳行されずに保管されていたという事で、市町西にとって復活の立役者となったのが、この先代だんじりです。



その前のだんじりは、このだんじりと入れ替わりに柏原市・国分神社の氏地である旭ヶ丘へと売却されています。


お別れ曳行はそれほど長い時間ではなく、南海・千代田駅の踏切あたりで折り返して、来た道を戻り氏神・千代田神社に到着。



これより昇魂式ということで、少しだんじり本体を鑑賞させて頂きましょう。

この旧だんじりで一番に目を引くものと言えば、何と言ってもこの中央に据え置かれた甲冑武者の出人形でしょう。



この彫物が製作当時からここにあったものではないと思いますが、このだんじりの一大特徴であり、昇魂式に際して会館前にはこんな垂れ幕も。



曳行が途絶えていた市町西にとって、復活とともに歩んできたこのだんじりが、地域に愛され、親しまれてきた事に間違いなさそうであります。



昇魂式には、このだんじりを購入する東大阪市・東楠風荘の方々も列席。
まだまだ現役で曳かれまっせー!



昇魂式後に後ろの幟を撤去して初めて見る事が出来る、見送り部に彫られた『大己貴命の悪鳥退治』はご覧の迫力。



市町西で長らく愛されただんじりは、次の地へと旅立って行きました・・・



・・・では終わらないのが今回であります!


長年にわたり人々の絆を繋いできただんじりとの別れが迫り、何となくノスタルジックな気持ちに浸っているそんな時に・・・

入れ替わりにこれからこの地で活躍する新だんじりが、千代田神社へと搬入されて来たのです!



トラックから降ろされた新だんじりは、堺市・鳳地区の野代から購入しただんじりで、昭和51年に製作された『折衷型』。



見送り部分が『岸和田型様式』になっている形式で、大工は《大義》植山義正、彫師は江州醒ヶ井の井尻翠雲


昇魂式を終えた先代だんじりと肩を並べてのツーショット。



これがこの日の最大のハイライトであります。

幕末から明治期に製作された堺のだんじりと、昭和の終わり頃に製作された堺のだんじりが、河内長野の地で対面する事になりました。


ここ最近は、年末になりますと『干支の交代式』なんてものが行われます。
さらにNHKの朝ドラでも、春と秋にヒロインの引継ぎ式が行われます。

昨年11月に行われた野代での昇魂式の模様もこのブログでお伝えしましたが、このだんじりの新天地でのデビューは、新旧だんじりの引継ぎ式の様相を呈して、なかなかフォトジェニックな幕開けとなりました。


そして、新しいだんじりと入れ替わりに、昇魂式を終えた旧だんじりがトラックに載せられ、千代田の地を後にします。



新しいだんじりを目の前にしても、そこはやはり吹き抜ける一抹の寂しさ、長年にわたり活躍してくれただんじりへの感謝の気持ちがあふれて来て、新だんじりへの喜びの気持ちと交錯します。



来る者あれば、去る者あり・・・なのです。



さて、先代だんじりが旅立った後、神社境内では新だんじりの入魂式が執り行われました。



このあと午後からは、お披露目曳行となります。



さて、ひとつの町で旧だんじりの昇魂式と新だんじりの入魂式を、同じ日に挙行した例が過去にあったかどうか、ちょっと思い起こしてみました。




昭和の終わりから平成にかけて30数年間にわたり、おびただしい数のだんじりが新調され、またそれに伴い中古のだんじりを売り買いする事例が、それこそ数え切れないぐらい執り行われて来ました。

そうした中には、こんな風に昇魂式と入魂式を同日挙行した例が無くもないと思うのですが・・・



どうにも僕の記憶の中には、思い当たらないのです。
かと言って、過去の記録を紐解くのも気が遠くなるので、掘り下げてません。

とゆー訳で浅い見識ではございますが、こんな例、おそらく初めての事なんじゃ〜ないですかねぇ?



明治や大正、戦前や戦後、はたまた高度経済成長の時期などは除いて、ここ30年ほどの間に、もし今回と同じような事例をご存知の方がありましたら、当サイトまでご一報頂ければ幸いです。




今回、昇魂式と入魂式とを同日挙行したには、それなりの理由も見え隠れします。

ひとつは新だんじりの搬入と旧だんじりの搬出を1回で済ませれる点。

昇魂と入魂の神事を1日で済ませれる事にもメリットを感じます。

もうひとつは、昇魂式から入魂式までの期間に元号をまたいでしまうことを避けたかったのではないか(あくまで推測の域を出ませんよ)と思われる点。



いずれにせよ、今回の事で市町西は、昇魂式と入魂式の両方を通して『平成最後』を飾る事となりました。

これはこれで、歴史に残る事例であると言えるでしょう。

ん?・・・もしかして、それが一番の狙いだった・・・とか?・・・



まぁその真偽のほどは横へ置いといても、市町の皆さん、この度は昇魂式と入魂式の同日挙行、おめでとうございます。


もしかしたら今後、こうした同日挙行が増えるかも知れませんね・・・




では、今回はここまで。

次回は、平成最後を飾る『新調だんじり』をご紹介しましょう!



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